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2012年11月の7件の記事

2012年11月29日 (木)

外房の海「外房海岸浪裏」

 
葛飾北斎の富嶽三十六景に神奈川沖浪裏という雄壮な浮世絵がありますが、ま、それとは
 
関係なく、11月の初め、風とうねりの強い日の外房海岸です。
 
風が波しぶきを巻き上げ、ダイナミックな光景を創り上げていました。
 
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北斎の描く波は多分に図案化されたもののように思っていましたが、こうして崩れ落ちる
 
波をカメラでとらえてみると、どうしてどうして忠実な描写だったことがよく分かります。
 
彼には波の激しい動きが止まって見えていたんですね。 あらためて刮目してしまいました。
 
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こういう波を見ていると、ベンチャーズサウンドが聴こえてくるような気がします。
 
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オブジェのような流木も・・・
 
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イソヒヨドリ(♀)が1羽、風を避けて、流木の上でひと休みしていました。
 
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そのすぐそばではイソシギが、足を水に漬けて思案顔です。
 
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今度は身体を膨らませて、防寒着の断熱調整でしょうか。
 
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潮がかぶる砂浜をチョコチョコ歩く小さな影、なにかと思ってよく見たら、スナガニくんでした。
 
記念撮影もそこそこに、あっという間に波の中へと消えて行ってしまいました。
 
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春の海はひねもすのたりのたりですが、秋の海には海鳴りが轟いていました。
 
 
 
 
 
 
 
 

2012年11月24日 (土)

なつかしき札幌、2012年秋 08 「札幌時代 若き日の追憶」

 
ここ1ヶ月ばかり続けてきました「なつかしき札幌」シリーズも、今回がひとまず最終回です。
 
ということで今回は、40年ぐらい前の学生時代を中心にした青春時代の記憶をいくつか
 
拾ってみたいと思います。
 
 
 
まず最初は、そのもっと前、私が5〜6歳の頃 愛読していた本「一丁目一番地」です。
 
これは当時ラジオでも放送していて、私はそれこそラジオにかじりつくようにして聞いていた
 
番組でした。 そんなに好きならと、親が買ってくれた本だと思いますが、この本だけは
 
もう何度も何度も読み返した想い出があります。 幼い頃を象徴する1冊だと思います。
 
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赤胴鈴之助、この本自体は私が大学生の頃に出た復刻版ですが、小学生の頃に夢中になったのが
 
この赤胴鈴之助でした。 この本はシリーズ物で十数巻出たように記憶していますが、当時は
 
どの家にもこのシリーズが置いてあったものでした。 今持っていれば、かなり価値があるのでは
 
ないでしょうか。
 
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西岸良平というマンガ家を知ったのは高校生の頃でした。 この夕焼けの詩シリーズが
 
ものすごく好きでしたし、今も全巻揃えて読んだりしています。 映画にもなった「三丁目の夕日」も
 
このシリーズの一部です。
 
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伊賀の影丸は少年サンデーで連載していましたので、これも小学生の頃夢中で読んでました。
 
この本は由井正雪の巻で、この虚無僧が由井正雪。 正雪はじつは忍者だったという設定でした。
 
ほかにも幼い頃から少量の毒を飲みながら育ったので、どんな毒を飲んでも平気な村雨兄弟とか、
 
ナナフシのように周りの環境に溶け込む忍者とか、殺されても死なない不死身の天野邪鬼とか、
 
登場人物も個性的でおもしろかったですね。
 
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滝田ゆうは独特の世界観を醸し出すマンガ家でした。 庶民をペーソスあふれるタッチで
 
描いていましたね。 フキダシにセリフではなく、絵を描くこともこの人の特徴でした。
 
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永井豪は、一時期一世を風靡したハレンチ学園の作者でした。 この人が描く女の子には
 
かわいらしくも色っぽいエロティシズムがあって、なかなかよかったと思います。
 
この「よくふか頭巾」はドタバタはちゃめちゃマンガに仕上がっていて、そこがまた楽しかった
 
ですね。
 
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北杜夫と出会ったのは私が中学3年のとき、「どくとるマンボウ航海記」と「幽霊」でした。
 
以来この人の本は、かなりのものを読みました。 高校時代はクラスに北杜夫好きが
 
私のほかに2人もいましたので、その影響も大きかったようには思いますが。
 
この「奇病連盟」は、当時朝日新聞に連載されていたものが本になったもので、この本は
 
その第一刷、初版本になります。
 
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北杜夫と並んで、当時大好きだった作家に安部公房がいます。 当時この全集がちょうど発売され
 
ましたので、全巻揃えて熱心に読んだものでした。 この人は1993年に急死しなければ、
 
まず間違いなくノーベル文学賞を受賞していただろうといわれていましたね。 それがとっても
 
残念でした。
 
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これは私が中学生の頃に作ったトランジスタラジオです。 1石レフレックスという方式の
 
ラジオで、トランジスタひとつで(1石)低周波増幅と高周波増幅の両方(レフレックス)を
 
やってしまうという、貧乏中学生にはありがたい(高価なトランジスタが1個で済むという)
 
方式のラジオでした。
 
ケースは任天堂のトランプケースを使いました。 当時任天堂はトランプ会社でしたものね。
 
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中はこんな感じで、シンプルで美しく、そんなコンセプトも盛り込んだように記憶して
 
います。 中学生の工作ですから、ま、こんなもんでしょう。
 
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トランジスタにはNEC製が使われていますね。 いくらで買ったかは覚えていませんが、
 
ついにこんな高価な物を買っちゃったぞという誇らしい気持ちがあったように思います。
 
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このマッチは私が大学時代3年間、アルバイトをしていたドジョウ屋のものです。
 
北海道にはあまりドジョウを食べる文化はなかったように思いますので、そういう意味で
 
珍しい店でしたね。 ウナギも出していましたがメインはドジョウで、生きたドジョウを
 
大量に仕入れ、木の風呂桶みたいなもので飼いながら、都度捌いてはお客さんに提供していました。
 
アルバイトとはいえかなりまじめに働きましたので、そこそこの高給取りだったんですよ。
 
卒業して東京の企業に就職したときの初任給よりも高かったですからね。
 
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一方こちらは、学生時代から20年以上も通い続けた薄野の小料理屋さんのマッチです。
 
学生時代、今も深い親交がある仲間たちと足しげく通った店で、私たちの青春時代を象徴する
 
店でしたね。 優しい美人のママさんが経営する店で、鈴を転がしたような笑い声が印象的な
 
方でした。
 
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このテナーサックスは大学生のとき、さるところから定価の半額、6万円で買ったものです。
 
うちのバンドがクリスマスのダンスパーティで演奏するとき、このサックスを吹いたり
 
しました。
 
以来40年間、実家の2階で深い眠りについていましたので、もうすっかり錆びてしまって
 
いるだろうと思っていたのですが、開けてみるとまだピカピカで、いい楽器はもつものだなぁと 
 
感動ものでした。
 
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これは時代がもう少し後になります。 北海道の帯広から出ていた国鉄広尾線の愛国駅と
 
幸福駅間の切符が、「愛の国から幸福へ」としてブームになったことにちなんだ定期券タイプの
 
テレホンカードです。
 
当時はこのテレホンカードをお土産としてくばって、喜ばれたものでした。
 
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以上、これで北海道の話はひとまず終了したいと思います。
 
ご清聴ありがとうございました!
 
 
 
 
 
 
 
 

2012年11月19日 (月)

なつかしき札幌、2012年秋 07 「北海道の食べ物・お土産」

 
私が高校生の頃、札幌市立病院の前に「一茶庵」という美味しいお蕎麦屋さんがありました。
 
なかでも天ぷら蕎麦が秀逸で、大きな車海老を使った天ぷら蕎麦は蕎麦自体の美味しさと
 
相まって、ちょっとほかとは比べものにならない極上の味でした。
 
私はすっかりこのお蕎麦屋さんのファンになってしまったわけですが、やがて私が大学生に
 
なった頃、札幌駅に隣接するセンチュリーホテルの地下に「霧の下」というのれんを掲げて
 
移転しました。 以来今日に至るまでずっとファンで、札幌に帰るたびに必ずこの店には
 
寄って、お蕎麦を食べてきました。 いまは駅近くの別のビルの10階に店を構えて
 
いますが、店の雰囲気はむかしのままで、この店の暖簾をくぐると、また札幌に帰ってきたなぁ
 
というホッとした気持ちになれるところです。
 
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「鴨汁そば」はずいぶんむかしからこの店の看板商品になっていましたね。 冷たいお蕎麦を
 
暖かいつゆで食べるお蕎麦です。
 
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(望遠ズームしか持っていかなかったもんで、画面に収まりきれませんでした)
 
 
 
 
 
 
 
 
さてさて、お赤飯といえばアズキが定番ですよね。 お赤飯のあの赤い色だって、アズキから出る色
 
ですもんね。
 
でも北海道は違うんです。
 
北海道ではアズキの代わりに甘納豆を入れるんです。 ご飯に甘い甘納豆? と思うかも知れませんが
 
これが実になんともとっても美味しいんです。 いまでもスパーなんかに行くと、アズキのお赤飯と並んで、
 
こんな風に甘納豆のお赤飯が堂々と売られているんですよ。
 
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もうひとつ、道外の人には馴染みがないと思われるのがホッケのフライです。
 
北海道では生のホッケがふつうに売られていますので、ホッケのフライも簡単に作ることが
 
できるわけなんですね。 これもスーパーやお総菜屋さんなんかで当たり前に売られています。
 
美味しいことはもちろんですが、私なんかはむかし懐かしいおふくろの味的な存在でも
 
あったりします。
 
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北海道といえば、やっぱりラーメン。 ラーメンといえば、むかしからの北海道人はやっぱり
 
西山のラーメン、なんですね。 みんな、このラーメンを食べて育ったようなものなんです。
 
どこのスーパーでも西山のラーメンは売られています。 そしてこのラーメンが旨いんです!
 
自分で簡単に作って食べることができるのに、味はかなりの本格派、そんなラーメンです。
 
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別売りのスープがまた美味しかったりして。
 
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ラーメン店といえば札幌には幾つもの名店がありますが、私が学生の頃は味噌ラーメンを
 
初めて作った大宮守人さんの店「味の三平」が一番有名でした。 確かにものすごく
 
美味しい店で、いろんな芸能人もよくきていましたが、私はもうひとつの名店「富公」が
 
大好きで、こちらの店には高校生の頃から頻繁に通っていました。 でも20年ほど前でしたか
 
店主の菅原富雄さんが亡くなられて、この店は終わってしまいました。 ものすごく個性的で頑固な
 
親父さんでしたが、味は絶品で今でもこの店を超えるラーメンはないと私は思っています。
 
 
 
 
 
 
 
 
さて、北海道土産としてはそれこそさまざまなものが売られていますが、今回は私の好みを
 
いくつか載せてみたいと思います。
 
(でもあくまで私個人の好みであって、なんの宣伝も保証もするものではありません)
 
 
まず最初はロイズの生チョコレート。 これは文句なく美味しいと私は思っています。 柔らかくて
 
口溶けがすっきりしていて、味わい深いチョコかなと。 種類もいろいろとあります。 要冷蔵です。
 
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ひところ大ブームになってなかなか買うことができなかった花畑牧場の生キャラメルですが、
 
最近やっとふつうに買えるようになってきました。 確かにブームになるだけのことは
 
あるな、という気がします。 今回初めて食べてみましたが、私は好きな味でしたね。
 
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柳月の三方六もむかしからあるお菓子で、丸太をかたどったバームクーヘンなんですね。
 
これも私にとってはなつかしい味かも。
 
食材を小分けするために、丸太を切るノコを模したものが入っているのがご愛敬ですね。
 
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どこにでもご当地の限定品と銘打った大手メーカーの製品がありますが、今回私が
 
見つけたのはこれ、北海道限定夕張メロン果汁100%のぷっちょ。
 
おもしろかったので買ってみました。
 
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食は文化といいますが、広い日本列島、その地方地方独特の珍しくて美味しいものが
 
たくさん存在していますね。
 
 
 
 
 
 
 
 

2012年11月16日 (金)

なつかしき札幌、2012年秋 06 「生き物たちの森 野幌森林公園」

 

私が高校生の頃、北海道は開道百年を迎えました。 その開道百年を記念して、札幌の東、

 
野幌(のっぽろ)の地にこの百年記念塔が建てられました。
 
高さは100m、耐候性高張鋼板という特殊な合金鋼で作られています。 この鋼板は
 
サビをもってサビを制する、とでもいうべきもので、表面に緻密なサビを発生させる
 
ことで、それを保護膜とするものなんです。 そのため、見た目は錆びてしまった鉄塔の
 
ようにも見えますが、塗装がいらないというメンテナンスフリーのメリットがあったり
 
するんですね。
 
なかなか姿のきれいな塔で、広く札幌市民からも愛されているようです。
 
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この百年記念塔は野幌の高台に建っていますので、西の方角には札幌の市街地やそのむこうに
 
横たわる山々を望むことができます。 そして正面に見える銀色の屋根が日本ハファイターズの
 
ホームグランドである札幌ドームです。
 
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さらにこの左側に目をやると、40kmも離れている支笏湖の湖畔にそびえる樽前山、
 
風不死岳(ふっぷしだけ)、恵庭岳といった山々をすぐ近くに見るとこができます。
 
 
 
 
 
 
 
この百年記念塔の後ろ側には広大な野幌の原始林が広がっています。 ここは四季折々の
 
自然が楽しめる散策コースにもなっていますので、むかしから私も折りに触れて歩いて
 
きたところでした。
 
こんな感じの散策路が数十キロにもわたって続いていて、いろんな生き物たちとの出会いが
 
楽しめます。 かわいらしいエゾリスやシマリスをはじめ、人なつこいキタキツネや
 
愛嬌者のエゾダヌキ、そしてさまざまな野鳥やきれいな花たち・・・
 
本州方面では高い山に行かないと見られない高山植物もふつうに生えていたり・・・
 
自然大好き人間には魅力いっぱいの森なんですよ。
 
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こちらはもともとはキツツキが開けた穴だと思いますが、けっこう使い込まれた中古物件のような
 
感じがします。 ほかの野鳥やリス、ムササビなんかも利用したのかも知れませんね。
 
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そして、この森でもエゾリスに遭遇しました。
 
このときは一心不乱になにかを食べていました。
 
もうすぐそこに迫っている冬に備えて、身体に脂肪を蓄えているんでしょうね。 エゾリスは
 
冬眠しませんから、充分な体力が必要になりますもんね。
 
このあと、足元に生えているキノコの匂いを嗅いだりしていましたよ。
 
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こうやって逆さまになりながらも平然と餌を食べていました。 森の中を縦横無尽に
 
動きまわって、360度立体的に空間を利用している様子がうかがえます。
 
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この姿なんか、いちばんリスらしい格好ではないでしょうか。 かわいらしいですねぇ〜♪
 
なにを食べているか判然とはしませんでしたが、どうもこのときはキノコを食べていたような
 
感じがしました。 キノコの匂いをじっくりと嗅いでいましたので、たぶんそれでそのキノコが
 
食べられるかどうか分かるんでしょうね。 たいしたものだと思います。
 
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百年記念塔の近くには北海道開拓の村という展示施設があって、開拓当時からの歴史的な
 
建物や資料、道具、模型等さまざまなものが展示されています。
 
これは市街地を走る鉄道で、このときは電車は止まっていましたが、たしか以前は馬が
 
この電車を引いていたように記憶しています。
 
線路の両側の並木はニセアカシアの木です。 西田佐知子のヒット曲「アカシアの雨が
 
やむとき」で歌われるアカシアも、じつはこの木のことなんですね。
 
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これは展示されている馬そりの模型で、山から切り出した丸太を運んでいるところですが
 
私が小さい頃はこんな馬そりや馬車が札幌の街の中をたくさん走っていたんですよ。
 
札幌駅の真ん前で大量の馬糞をする馬もいたりして、今では想像もつかないくらい牧歌的な
 
風景が広がっていたものでした。
 
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これは私が小学生から中学生の頃まで愛読していた「少年サンデー」「少年マガジン」の
 
創刊号です。 こんなものまで展示されているんですね。
 
私ははじめの頃はサンデーのファンで「おそ松くん」や「伊賀の影丸」なんかが好き
 
でしたね。
 
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ダッコちゃんもものすごいブームになりましたね。 私はこの人形自体には興味が
 
なかったんですが、このウィンクする目玉が不思議で、これだけは欲しかったことを
 
よく覚えています。
 
そして鉄人28号ではありませんでしたが、こういう感じのロボットのオモチャは私も
 
持っていましたね。
 
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開拓の村を出るとき、雲漏れ日(くもれび)の光芒が札幌の街に降り注いでいました。
 
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2012年11月10日 (土)

なつかしき札幌、2012年秋 05 「札幌のとなり街 小樽 」

 
札幌のとなり街 小樽はむかしから大好きな街で、何度も訪れたものでした。 そんな小樽を
 
今回はいくつかの切り口から見てみたいと思います。
 
 
 
まずは、小樽といえば小樽運河。
 
もともとは、船で運ばれてきた貨物の荷揚げ用として造られた運河でしたが、いまでは
 
その役目を終えて、一大観光スポットとして人気が高いところですね。
 
雪の降り積もった運河もきれいですし、ガス灯が灯った夜の運河にもロマン漂うものが
 
ありますが、昼には昼の顔があったりします。
 
静寂の運河。 観光客で大賑わいの運河ですが、ふとした瞬間、誰もいない静寂のときが
 
訪れることもあります。
 
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蔦の絡まる倉庫街にも、秋の気配が漂っていました。
 
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運河を川から眺められる観光船も運航されていました。 カメラの被写体としても
 
人気の的でしたね。
 
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運河の石垣の上を行ったり来たり、人なつこいセグロカモメが愛嬌を振りまいていました。
 
 
ちなみにこのカモメのくちばしの先にあるオレンジのマーク、おなかを空かせたヒナが
 
この部分をつつくと、つつかれた親は食べてきた餌を吐き出す反応をするんですね。
 
おもしろい仕組みだと思います。
 
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こちらはその幼鳥ですね。 くちばしのオレンジマークはまだ形成されていません。
 
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さてここで、ちょっと珍しい光景に遭遇しましたよ。
 
小樽運河に注ぐ小さな川に於古発(おこばち)川がありますが、この川で鮭が十数尾ほど
 
泳いでいました。 産卵のために戻ってきた鮭ですが、戻る川を間違えたのか、行き止まりの
 
この川に迷い込んで、なすすべもなく彷徨っていました。
 
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私が見たその10日ほど前には100尾近い数の遡上が見られたそうで、地元のテレビでも
 
その様子が放送されたとか。
 
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この川ではセグロカモメもマガモも泳いでいましたが、そんな水鳥と鮭の取り合わせが
 
奇妙な感じでした。
 
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セグロカモメが自分の前を泳ぐ鮭を追いかけていって、身体をつついたりしていました。
 
鮭はなすすべもなく、身体をくねらせて避けるだけでした。
 
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これは鼻曲がりといわれるオスの鮭です。 力尽きて水底に横たわっていました。
 
本来ならばこういう親の死骸が水中のプランクトンを育て、翌年孵化した稚魚たちの
 
栄養となって循環していくのですが、この川ではそれもままなりませんね。
 
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気を取り直して、さて次は、小樽といえば北一硝子。
 
硝子工房として有名なところで、ステキな硝子製品がたくさん販売されています。
 
女性はこうした硝子製品がお好きなようで、うちのかみさんもここへは何度も足を運んで
 
いたりします。
 
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北一硝子の中に北一ホールという喫茶軽食を提供するホールがありますが、ここはランプの
 
明かりが灯るムード満点の空間なんですよ。 ときどきスタインウェイのピアノ生演奏も
 
あったりして、私は一番ここが寛げるかも。
 
店内にはたくさんの硝子製品が展示されていますので、私なんかはぶつかって壊さないように
 
気をつけて歩くだけで疲れ果ててしまいます。 そんなあとこのホールに来て座ると、
 
とてもホッとしますね。
 
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ね、雰囲気のある空間でしょ。 
 
 
 
 
 
 
 
さてお次、小樽といえば石川啄木。
 
石川啄木は函館、小樽、釧路と、北海道にもいくつか足跡を残しています。
 
小樽の駅前に三角市場という魚介類中心の市場がありますが、その入り口の所にこの
 
碑が建っています。 啄木のお姉さんの旦那さんがこの小樽駅の駅長さんだったそうで・・・
 
・・・いろいろあって、妻子を残して単身釧路に出発するときの情景を詠んだ歌です。
 
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余談ですが、この啄木の足跡がある函館や釧路には大学時代からの仲間が一時住んだこともあって
 
訪れたことがありますが、どちらも北海道らしいステキな街でした。
 
 
 
 
 
 
 
 
さて次です。 小樽といえばボンネットバス。
 
小樽の名所旧跡を巡る観光バスで、むかしの服装をしたバスガイドさんが観光案内を
 
してくれます。 むかし新婚の頃乗ったときにはかなり美人のガイドさんだったことを
 
覚えていたりして・・・
 
こういうバスが未だに現役で走っていることに、嬉しいオドロキを感じますね。
 
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最後は、小樽といえばカーフェリー。
 
小樽港に巨大なフェリーが係留されていました。 私の望遠ズームでは、この角度でしか
 
全景を捉えることができませんでした。
 
これは小樽と新潟を結ぶフェリーのようですね。 函館ー青森間を結んでいた青函連絡船は
 
大きいと思っていましたが、このフェリーはその青函連絡船よりもはるかに大きかった
 
ですね。 さすが、かつては世界の貿易港だった小樽だけのことはあります。
 
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2012年11月 6日 (火)

なつかしき札幌、2012年秋 04 「 我が青春の北海道大学2」

 
昨日の日本経済新聞に「ビジネスパーソンが卒業した大学満足度ランキング」という
 
ものが載っていましたが、このランキングでは北大が満足度100%で1位になって
 
いました。 私同様多くの卒業生たちが、雄大で自然豊かなこの大学に魅力を感じて
 
いたことが窺われて嬉しかったですね。
 
その北大のビッグニュースといえばやはり、2010年に北大名誉教授の鈴木章先生が
 
ノーベル化学賞を受賞したことではないでしょうか。
 
北海道大学総合博物館の一角に鈴木先生の業績を讃えるコーナーが設置されていました。
 
入り口では先生の等身大のパネルが出迎えて下さいました。
 
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そしてこれがノーベル賞の記念メダルです。 もちろんレプリカですが、それでもこれは
 
ノーベル財団が限定3個制作した公式レプリカのうちのひとつだそうです。
 
重厚な輝きが、先生の業績を賞賛しているかのようでした。
 
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ノーベル化学賞受賞の対象となった鈴木クロスカップリングは、ほとんどが北大工学部で
 
行った研究だそうですが、いまではこの技術が医薬品の合成や液晶、有機EL等さまざまな
 
分野で応用されているそうです。
 
鈴木先生が北大工学部の応用化学科の教授になられた頃、私も同じ工学部の中で学生として
 
ウロチョロしていたことになります。 だからどうしたということは何もないのですが。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
北大といえばポプラ並木も有名ですが、長い年月を経てポプラ並木も老木になってきたようで、
 
台風などで倒れる巨木も出てきてしまいました。 そのため現在はこの並木道を歩くことが
 
できなくなってしまい、ちょっと残念です。 私が学生時代はこの並木道を早朝、
 
そぞろ歩きしたこともあったのですが・・・
 
立ち入り禁止の柵もポプラの廃材で作ったもののようでした。
 
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理学部にある北海道大学総合博物館にはポプラの木で作ったチェンバロが展示されていて、
 
この日はちょうど女性ピアニストがモーツアルトの曲を弾いたりしていました。
 
ポプラって、ご覧のように木肌のきれいな木なんですね。
 
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いかにも北海道といった感じで、大学構内で当然のように羊も飼われているんですよ。
 
これは食用ではなく研究用だとは思いますが・・・
 
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しかし北海道人はジンギスカンが大好きですから、学内にはこんな看板も・・・
 
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私たちが学生の頃よりも、今の学生たちは頻繁にジンギスカンパーティをしているようです。
 
楽しそうでいいなぁ〜♪
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ここは工学部の正面にある東西方向のイチョウ並木です。 むかしから大好きな並木道でした。
 
なかなか壮観な眺めだと思いませんか?
 
この並木道の左側が医学部、右側には薬学部があります。
 
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こちらは工学部の前を南北方向に通っているメインストリートです。 私が学生の頃は
 
テクテク歩いたものですが(あ、3年生の秋からは車だったかも)、なんせ広い構内ですから
 
今の学生たちはみんな自転車に乗っていましたね。 それに構内循環バスなんていうものも
 
走っていて、移動はずいぶん便利になっているようでした。
 
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それともうひとつ、私の学生時代と大きく変わっていたもの、それは学生たちが話す言葉です。
 
なんと、かわいい女の子たちが中国語やハングル語を話していましたよ。 北大もずいぶん
 
国際大学になってきたんですね。
 
 
 
 
 
 
 
 
便利な乗り物といえば、こんな楽しそうな電気自動車も走っていました。
 
学生としてこういう研究に携わることができれば、きっと楽しいでしょうね。
 
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こちらは人力車ですね。 これも楽しそう。 
 
私が学生の頃は、夏休みになると大きなリュックを背負ったカニ族(大きなリュックが
 
カニの甲羅のように見えたので、こう呼ばれていました)がたくさん北大構内を歩いて
 
いましたが、こんな人力車で構内を流していると、観光客の人ともすぐに仲良くなれそう
 
でいいですね。
 
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今の学生さんたちもメ一杯、自分たちの青春を謳歌しているようでした。 いつの時代も
 
青春はいいものですね♪
 
 
 
 
 
 
 
 

2012年11月 2日 (金)

なつかしき札幌、2012年秋 03 「 我が青春の北海道大学1」

 
北海道大学(北大)は私の母校です。 私は工学部を卒業しました。
 
20歳前後の多感な青春時代をこの大学の自然豊かなキャンパスで過ごしたことは、
 
いまでも大切な想い出として心に刻まれています。 そしてこの時代に出会った仲間たちとは、
 
以来40年以上の長きにわたって、深い親交が続いています。
 
そんな私の青春時代を象徴する場所、北大を今回は取り上げてみました。
 
 
 
まずは北大の正門です。 
 
高校を卒業する年の3月、入学試験のためにこの門をくぐって以来、北大との付き合いが
 
始まったことになります。 ま、翌年も同じ目的でこの門をくぐることになりましたが。
 
当時とまったく変わっていないその佇まいに、ふと私という一個人の歳月の儚さを
 
感じさせらりたりもします。
 
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北大の敷地は北海道の豊かな自然をその懐に抱えて、広大に広がっています。南北方向の
 
長さは、すぐそばを走る地下鉄の駅4つ分にも相当するものです。
 
北大はほかの総合大学にはあまりない北海道らしい特徴として、水産学部と獣医学部が
 
あるんですよ。 ちなみにプロスキーヤーの三浦雄一郎氏は獣医学部の出身です、私よりも
 
ずっと上の大先輩ですが。
 
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この花は、主に北海道など寒い地方に自生するオオバナエンレイソウです。
 
今年の春、うちのかみさんが近所の農家の直売所から鉢植えで買ってきた花なんですが、
 
あまりうまく花を咲かせてくれなかったもんでラベルでの登場となってしまいました。
 
それでもじつに清楚な花の雰囲気は伝わるのではないでしょうか。
 
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このオオバナエンレイソウがデザイン化されて、北大の校章となっています。
 
私も入学したときに北大生協で校章をひとつ買い求めましたが、結局それをつけることも
 
なく、机の奥に仕舞われたままになっていました。 あらためて見てみると、シンプルですが
 
味わい深い校章だと思います。 これがその校章です。
 
(40年の歳月を経て、初めて日の目を見たかも)
 
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シンボルマークとしては、こんなのも最近よく見かけるようになりました。 こちらは
 
クラーク博士がデザイン化されていますね。
 
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これは私が所属していた工学部の正面玄関前です。 ここも40年前と変わらずむかしの
 
ままです。
 
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しかしそこからさらに20年、時代を遡ると・・・
 
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1歳の私と、その当時の北大工学部です。
 
私は北大病院で生まれたそうですが、当時住んでいた家も北大のすぐそばにありましたので、
 
私の母親は私を連れてよく北大に来ていたそうです。 そういう意味では生まれたときから
 
なにかしら縁のあった大学なのかも知れませんね。
 
 
 
 
 
 
 
 
ここはクラーク会館という建物です。(みんな「クラ館」と呼んでいましたが)
 
私は入学当初からESS(English Speaking Society)という、英会話を愛好するクラブに
 
所属していて、その部室がクラ館のすぐそばにありましたから、部室と並んでこのクラ館が
 
仲間みんなのたまり場になっていました。 
 
毎年クリスマスにはここでダンスパーティを開いたり、ここの学食でラーメンをすすったり、
 
地下にあったエルムという喫茶室で、マスター役のお姉さんとおしゃべりに興じたり・・・
 
ここでは学生自治会主催の映画会も頻繁に上映されていて、のちに大ファンになる寅さんシリーズも
 
ここで初めて観たりしたものでした。
 
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そしてそのクラ館のすぐ前にあるのが、この中央ローンです。 天気のいい日はここで
 
みんなで集まって、いろんなことを語り合ったりしました。
 
クラブの先輩からタバコを勧められて、初めて吸ったのもこの中央ローンでした。
 
ま、タバコは3年前にキッパリやめましたが、あのときは先輩から大人扱いを受けたことが
 
うれしかったのを、いまでも懐かしく思い出します。
 
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写真にも写っているこの川、今は人工のものですが、むかしむかしは天然の川で、秋に
 
なると鮭も上ってきたそうなんですよ。 いかにも北海道らしい話でしょ。
 
 
 
 
 
 
 
 
中央ローンに隣接して建っているのが、このクラーク博士の胸像です。
 
クラーク博士の像としては、羊ヶ丘展望台にある、手を水平に挙げた全身像が一番有名
 
ですが、この胸像も歴史と風格のある立派なものだと思います。
 
中央ローンの木々を背景にしていますので、四季折々に変化する木立と一緒に楽しめる
 
のではないでしょうか。
 
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胸像つながりでもうひとつ、こちらはポプラ並木のすぐそばに建つ新渡戸稲造の胸像です。
 
新渡戸稲造はひとつ前の5千円札に描かれた人ですが、この偉人も北大の出身です。
 
「太平洋の架け橋になりたい」と言ってアメリカに私費留学したことにちなんで、
 
その言葉が台座に刻まれています。
 
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北大出身者にはたくさんの有名人がいますが、私はこんな方とちょっとだけご縁がありました。
 
それは宇宙飛行士の毛利衛さんです。 私が1年生の頃、英会話を勉強したいので
 
しばらく参加させて下さいと言って、うちのESSに入部してきたのが毛利さんでした。
 
ものすごくまじめな方で、口数も少なく控えめな感じの方だった印象が残っています。
 
短期間でしたのであまりいろんなお話ができませんでしたが、今にして思うとそれが
 
じつに残念でした。
 
 
 
 
 
 
 
 

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