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2017年3月10日 (金)

北海道開拓の村 その1

 
前回ブログの最初に載せた百年記念塔は北海道の開道百年を記念して造られたものでしたが、
 
早いものでもう来年は松浦武四郎が蝦夷地を北海道と命名してから150年という記念の年
 
だそうです。(しかしこの微妙な表現の違いはなんなんでしょうね?)
 
でも私個人としても、この150年のうち50年はこの百年記念塔にそっとではありますが
 
寄り添ってきたような気がしています。
 
 
         Img01
 
 
 
 
 
 
 
 
その百年記念塔のすぐ近くに、今回取り上げる北海道開拓の村はあります。
 
ここは明治から昭和初期にかけて建築された北海道各地の建造物を54.2haの敷地に
 
移設復元・再現した野外博物館です。
 
まず威風堂々そびえているのが、明治の終わりごろに建てられたルネッサンス様式の札幌駅の
 
駅舎になります。しこうしてここがこの村の入り口、メインゲートにもなっています。
 
Img02
 
 
 
 
 
 
 
かまくらを前に従えて建っているのが、明治の初めの頃に造られた開拓使札幌本庁舎に
 
なります。中身は総合案内所ということになっているようです。
 
Img03
 
 
 
 
 
 
 
村の中へと入っていくと、どことなく懐かしさも感じられる古い建物群が見学者たちを出迎えて
 
くれます。そばに建っている電柱にもしっかり昔の面影が宿っていますね。
 
Img04
 
 
 
 
 
 
 
 
車橇製作所の屋根には車輪と橇が看板として掲げられています。
 
私が子供の頃は札幌の中心部でも、馬が引く馬車や馬橇がたくさん走っていましたね。
 
この馬たちが馬糞をするんですよ。それが乾いて風に乗って吹き荒れて、あたり一面黄色い風が
 
吹いていましたっけ。これを称して馬糞風、札幌の春のありがたくない風物詩になっていました。
 
Img05
 
 
 
 
 
 
 
 
私は物心つく前からお蕎麦が大好きだったこともあって、今でもお蕎麦屋さんを見ると
 
心が躍ってしまいます。
 
Img06
 
 
 
 
 
 
 
 
特にこのきそばという旧字に惹かれてしまいます。味わい深いものがあると思います。
 
電話番号が漢字で書かれているというのも面白いですね。
 
左下隅に「勉強」と書かれているのも昔風ですね。昔はよく値段を負けることを勉強すると
 
言ってましたよね。精一杯勉強した値段になってますよという意味なんでしょうね。
 
Img07
 
 
 
 
 
 
 
 
昔のお蕎麦屋さんにはこういう手押しポンプの井戸が必ずあったものでした。そして大きな釜。
 
こういった一連の舞台装置がみんなみんな、お蕎麦の美味しい記憶と密接に結びついています。
 
Img08
 
 
 
 
 
 
 
 
これは小樽新聞社です。
 
この建物の外壁に札幌軟石という石が使われています。この石は支笏カルデラの噴火で噴出した
 
溶結凝灰岩で、昔は札幌や小樽の建築ではたくさん使われた象徴的な建材だったようです。
 
今残っているものとしては小樽運河の倉庫群なんかが有名ではないでしょうか。
 
Img09
 
 
 
 
 
 
 
 
この倉庫は私も幼い頃に記憶があります。札幌駅の北側(鉄北地区)に並んで建っていました。
 
この倉庫にも札幌軟石が使われていますね。
 
Img10
 
 
 
 
 
 
 
 
昔は街角によくこんなポストが建っていましたね。
 
Img11
 
 
 
 
 
 
 
 
このポストには面白い仕掛けがあって、普段は郵便物の投入口が上の写真のように閉じているのですが、
 
郵便物を投入するときに〒マークの上にある金色のぼっちを回して投入口を開けるようになって
 
いるんですね。
 
昔は雪の侵入を防ぐ北海道だけの工夫かと疑いもなく思っていましたが、果たしてどうなんでしょう?
 (今は、違うかもしれんなと思っていたりします)
 
Img12
 
 
 
 
 
 
 
 
こちらは大正末期から昭和33年まで岩見沢にあった写真館の2階写場です。
 
北側の屋根をシングルスラントと呼ばれる斜めのガラス張りにして、自然光を取り入れる
 
工夫がなされているんですね。
 
Img13
 
 
 
 
 
 
 
 
2台のカメラの前には、背景としてこの開拓の村で運営されている馬車鉄道の様子が描かれて
 
いました。この馬車を引いている白馬の名前はあらし号。
 
馬車の後ろは最初に載せた札幌駅、私の写真は外側から見たものでこちらは内側から見たもの、
 
どちらも同じ形をしているのは、ま、ご愛嬌ですね。
 
Img14
 
 
 
 
 
 
 
 
その馬車鉄道のあらし号と一緒に写っているのは、「北の零年」の撮影に来ていた吉永小百合さん
 
でした。開拓使札幌本庁舎に飾られていました。
 
Img15
 
 
 
 
 
 
 
 
おまけの1枚です。
 
開拓の村の雪原で出会ったシジュウカラです。雪という舞台装置が新鮮だったので載せてみました。
 
Img16
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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コメント

北海道という名前になってから150年になるんですね。
その歴史の目印になってきた建造物を復元・再現してくれている
貴重な場所ですね。

様式美に彩られた建物も趣がありますが、旅館やお蕎麦屋さんも
前を通ったらタイムスリップしてその時代の人になってしまいそうです(゚▽゚*)
私もお蕎麦は大好きです(^^♪
寒い時期が長い北海道では井戸が家の中にあるのが普通なんですね。
初めて見て納得しました!
投函口が手回しになっているとは考えましたね♪
吉永小百合さんと馬車鉄道を引く白馬も雪原のシジュウカラも
素敵なシーンですね☆彡

開拓村は明治村の北海道版なんですね。明治村には行きましたが、
開拓村もいつか行ってみたいです。
またひとつ素敵な場所を紹介していただけて嬉しいですo(*^▽^*)o♪


 
catひめねずみさんへ
 
北海道となって150年、つまりは開道150年ということですね。

復元・再現したものもあるのですが、全道各地に残っていた建物を移築

したものもかなりあるようです。みんなそれぞれに歴史の証言者ですね。

札幌駅や開拓使札幌本庁舎は本来は木造の建物なのですが、ここでは

それぞれ入場ゲートや案内所という位置付けなので、鉄筋造りの現代建築に

なってしまっています。なのであまり本来の味わいが感じられないかも

しれませんね。

ひめねずみさんもお蕎麦がお好きというのが嬉しかったですね。札幌には

私が高校生の頃見つけた美味しいお蕎麦屋さんがあって、今でも営業して

いますので、札幌に帰ってくるたびに何度も食べに行ってしまいます。

昔は各家庭に手押しポンプの井戸がありました。最初に水を汲む時には

上から呼び水を入れて、それから漕いでましたね。ポストの投函口も

そうですが、当時のものを見るといろんなことを思い出しますね。

意外なところで吉永小百合さんの足跡に出会ったことも嬉しかったですね。

よく見るシジュウカラも雪の上では新鮮に見えました。

ひめねずみさんも機会があればこの開拓の村を訪れてみてください。

かなり広いところなので、じっくり見て回ると半日から1日ぐらい必要になると

思いますが、十分楽しめる場所だと思います。
 

以前「ブラタモリ」で最初に住んだ日本人を紹介してくれました。
それから150年でしょう?
札幌は大都市になりましたね。

この建物はほとんど知りません。何回も札幌に行っている割には観光していないんですね。
まだまだ札幌や根室、釧路など行きたいところがたくさんあります。

 
catさなえさんへ
 
「ブラタモリ」でそんなこと言ってましたっけ?

日本人(和人)が北海道に住み始めたのは14世紀末(室町時代)と

言われていますね。下北半島の豪族 蠣崎氏(のちの松前氏)が今の函館

あたりを支配していたようです。

今回の150年は松浦武四郎が蝦夷地を北海道と改めたことに由来して

います。

北海道では札幌だけが巨大都市になってしまいましたね。札幌市の人口が

196万人、2位の旭川市が34万人ですからね。

札幌も北海道も広いですから、根っからの札幌人でもあまりあちこち知らない

という現象は不思議ではないようですよ。私も行ったことがあるのは、大きな

ところで、苫小牧、函館、岩見沢、旭川、北見、帯広、釧路ぐらいです。
  

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